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頭の隅のパーキング

母が、クリニックの雑誌を見ていて、皇室の人たちの写真とかを(わたしに)見せます。サングラスをかけた上なんちゃらさまとか、日本人に見えない方々などなど。どうにもこうにも『品』が無いにも程がある。政治もガサガサしています。どうも信用出来ない。
 
日常のレベルでは、増税はさておき、もうガサガサなんてものではありません。スマホのカバーがボロボロになったのでショップに行ったら、二年前の機種なのに「もう店頭には無いので、電気屋さんにあるか、、あとはネットですね」と言われました。確かにね。いや、私がネットもスマホもあまりしないのが原因と問題なんです。みんなどこ向いてしゃべってるンだか。でも、もう、そういったことは、頭の隅のパーキング(駐車場)に止めておくことにしました。
 
パパが亡くなって、私に届いたものがあります。執着がなくなり、『時間』が視えるような、なんていうか、感覚というか、能力というと語弊がありますが、そういうものです。サンスクリット語を習ったのもその届いたものの中身です。そうしたら、たった6回のお講義で、さがしていたものがすべて見つかりました。
 
母のところへ行くと、デイサービスで何とかさんがああだとかこうだとか言っています。何べんも聞いてうんざりですが、まあ、私だから言ってるんでしょう。それで母に言いました。「頭の中に駐車場を作って、嫌やなと思うことなんかはそこに止めとき」「そしたら楽でしょ」難しかったかなあ、歳がいくってそういうことなのかも。
ボケ封じのお寺に

今日は母を連れて、ボケ封じのお寺に行ってきました。さわやかなお天気で、元気な母と参ることができて何よりです。
 
お世話になっているデイに、2ヶ月に一回くらいしか来られないインストラクターさんが持ってこられたリハビリの器具が良かったので、母は「どこに行けば売ってあるか」を訊いたそうで、優しく「百均にありますよ」と教えてもらったそうです。それで
 
ボケ封じのお寺の帰りに「セリア」に寄ったら、母が探しているのが(たくさん)ありました。いいですね。「ボケない力」なんでしょうね
SAMSARA 輪廻

昨日、母をクリニックに連れていきました。定期的に見てもらっている小さいけど優しい感じのクリニックです。母が中に入ったので、待合室にいると若い夫婦が入ってきました。
 
つい先日、母の実家で、わたしの従兄弟の娘の結婚式があり、私はその子の名前も知らないのだけど、お祝いをしていました。昨日母の家に、内祝いを持ってきてくれていましたので、そこで初めて名前を知ったようなことでした
 
で、待合室で、その女の子が、わたしの従兄弟に似ているな?と思いましたが、お顔もしらないし、母が次の検査に行くのを手伝ったりしていました。
 
で、済んで、受付で母の名前を呼ばれた時に、その女の子が「おばちゃん?」と母に言うわけです。奇遇ですね。私のことも名前はよく聞いてくれていたとか。
 
そんなことがありました。
 
写真は「SAMSARAサムサラ」というおゲラン(GUERLAIN)。エキゾチックな香りです。もうかなり前にイラン人(パーレヴィの親戚とか)がくれました。使うこともないまま持っていて、そろそろ捨てようと思っていました。すると、この間のサンスクリット語のおカルチャーの時に、「サムサラとは輪廻のことです」と、あるわけです。確かに、当時サムサラの意味を知ったと思いますが、すっかりわすれていました。
 
でも、こうして、長い時間使われることもなくずーとあった意味があるンだなあと。
 
道はその日その日の暮らしの中に


道はその日その日の暮らしの中に。The path can be found in our everyday lives.(写真上)
 
お皿に描いているのは「ランプハウス」です。配線まで描いています。木組みのハウスでね可愛いですよ。もう少しして落ち着いたらまた可愛いランプハウスを作ります。
 
下はお庭のナンキンハゼ。パパと植えた"膝丈"くらいの苗がこんなに大きくなりました。
クリニックの木漏れ陽

母をクリニックに連れてきています。定期的なものです。ソファーに木漏れ陽が揺れて優しい時間です。

「優しくしなさい。人はみな人生の闘いを生き抜いている。(アレキサンドリアの言葉)」
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