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マリえもん 問わず語り 31

31  想い出クラッチ
 
23年前に、阪大病院(吹田)で股関節の手術をうけました。その6年半前に、やはり阪大病院(福島区)で腎臓の手術を受けていたこともあり、大阪の病院は想い出(エピソード)が多いです。
 
股関節の時、手術から2週間経って、ドクターが「素晴らしい(回復)だ!明日から滑らかなリハビリにしよう」と言われました。嬉しかったですね。ところが、、、
 
その"明日"の朝、急にまた脚が痛くなりました。みんな自信があったのに、全く思いもかけないことでした。もう痛くて痛くて車椅子もやっとこさで、リハビリに行っても痛がり過ぎるので帰らされ、ホント、"布団かぶって泣いた"りしました。ドクターは一日に何度も(泣いているから?)見に来て「焦らないように・・」。ちょっと触れただけで悪態をつかれて、インターンの先生もナースさんもどうしていいかわからない。身体の向きを変えるのも痛くて、ある時、インターンの先生が困り果て「お願いですから、僕を好きになってくださいっ」って言ってくれましたね
 
"滑らかなリハビリ"のはずだった入院の後半はずっと痛くて、退院の前日まで車椅子でした。転院はなく、家に帰って"洋式"の生活をすることをいわれましたが、車椅子もないし、松葉づえも義母の古いのがあるくらい。
 
退院の前日の遅い午後に、リハビリ室から「一組だけ松葉づえ(クラッチ)がある」という電話がありました。アルミ製の軽い松葉づえでした。いつもモーツァルトが流れているリハビリ室は、もう誰もいなくなって静かでした。松葉づえの使い方の特訓をしてもらいました
 
おおむね誉めてもらって、小さな2段の階段昇降も出来て、でも、その時に言われました。「阪大(病院)に今までこんな人いませんデシタ・・」って。その時47歳でした。確かに70歳の人でも、お杖も無しにスタスタ退院していたというのに、です。両松葉づえで退院は「阪大(病院)始まって以来」とかね。不名誉なことでした。
 
しかしながら、そんな不名誉なことではありましたが、また奇跡的な復活をするわけです。そのエピもたくさんありますが、これは、自分でも、今でもよくわかりません。多分、いつもの"不思議な人ですねー"の世界だと思いますよ
 
時は流れて、今回は足首のお骨が折れちゃいまして、いま、手厚い看護を受けています。リハビリは昨日から松葉づえが始まりました。
 
なんと、不思議なご縁で、今お世話になっているリハビリの先生は、23年前の阪大病院の時の先生に習われたそうです
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